「マトリョーシカの最適サイズ」,もしくは「心理学とマトリョーシカ」

一つ前のエントリーで,科学的説明に関するマトリョーシカ・アナロジーの概要を書きました。

なぜと問うマトリョーシカ ~ 科学的説明のマトリョーシカ・アナロジー ~


これを受けて,今日のテーマは,心理学という学問,そして「マトリョーシカの最適サイズ」です。

最適サイズ

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なぜと問うマトリョーシカ ~ 科学的説明のマトリョーシカ・アナロジー ~

マトリョーシカ


 先日,twitter上でおっぱいに関する議論が盛り上がりまして,まさに「バズった!」という表現がピッタリなんだかどうなんだかは分かりませんが,大変面白い議論でありました。この内容はサイパブさんが「おっぱいの心理学」というタイトルでまとめてくれていますので,興味のある方はぜひご覧ください。

 togetter - おっぱいの心理学

 ここで初出というわけでは全くないのですが,これ絡みのTL上にマトリョーシカの文字が散見されました。僕が筑波大学の望月先生・大島先生と数年続けているワークショップにて,マトリョーシカを用いた科学的説明のアナロジーが提案されたんですね。そして各々が時々twitterやブログでこれに言及してきたところ,覚えてくださる方々が増えてきました。ありがたい話です。

 しかし,実際にどのような考えなのか,詳しく明らかにしたことはありませんでしたから,良い機会だろうということでちょっと書いてみようかなと思います。まだ一回もきちんとまとめて書いたことが無いので,どうなるかはわかりませんが,考え中のアナロジーだということで,生暖かく見ていただけたら幸いです。


 では,少しずつ行ってみましょう。

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SCの無い金曜日

土日は大学が停電なので,チマチマ作業する。

文法書片手に論文を書く。英借分も良いけど,込み入った文章書くのには,文法書使う方が早いような気がする。

片手間,禁煙支援について調べる。Smoking Cessation。これは新しく始まるかもしれないお仕事関係。臨床の専門分野が欲しかったので,これは願ってもないチャンスだ。本気でやれば,飛び道具的な専門分野になるかもしれん。プログラムは用意できるだろうが,実行する際には動機付けが問題になるだろうから,そこんとこの工夫も考えたい。動機付け面接,習ってみようか。禁煙関係で色々研究したい事も出てきたので,アカポス付けたらこれで科研費出してみようかな。つか,自分も禁煙せんとあかんね。

マニュアルより工夫だし,道徳より損得だろjk

色んな療法がパッケージ化されて,色んなマニュアルが出版されて,色んなツールが開発されて,油断するとそれらが勝手に治してくれそうな気がしてくる…けれども,やっぱり勝手には治してくれない。

が,パッケージやマニュアルやツールは必要だ。役に立つ。何をするにも,型を知ることは絶対的に必要だし,役に立つ。しかし,それだけはまったく十分でない。何に十分でないかと言うと,実践において実益を得るに十分でない。「マニュアル通りにやりました」でも「マニュアル通りの結果は得られませんでした」。それはアホのする事だ。

モデルは簡潔だが,人間は複雑だ。マニュアルは静的だが,治療過程は動的だ。簡潔で静的な視点から,複雑で動的なものを見る際に,失われる情報量の多さを知るべきだ。観るべきものは模型か,それとも人間か。絶対的に後者だ,と思う。決して道徳的な観点からではなくて,単にその方が役に立つからだ。できることなら,道徳よりも,損得で動きたいものだ。「共感的理解」も「無条件の肯定的関心」も「自己一致」も,道徳の世界のお話にしちゃいけない。それをするのに得が無いのなら,そうする必要なんてどこにもない。臨床家が真剣に道徳を語り始めたら,もうダメだと思う。んでも,そこに得があるのなら,道徳すらツールになりうるだろうけど。

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精神分析的な人格理論を学ぶための3冊

さきほど髪を切りに行きまして,馴染みの美容師が我が頭皮を触るなり,「すっげー疲れてんね。頭皮が真っ赤で,しかもカチカチだよ。血行が悪いと髪の毛が細くなって,最終的には抜けるよ」と予言してくれました。呪詛られたような気分になりましたが,その場では「マジッスカ~」と聞き流しました。そしてその後,シャンプー係の女の人とハゲ話になり,「大丈夫ですよ~」「問題ないですよ~」とフォローされ,いたたまれなくなりました。これは堪えきれずに,その場で言いました。

そんな土曜日の午後に,勉強不足な俺様が,感銘を受けた3冊をご紹介。

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夜な夜な聞こえる笛ダイ~コ~

論文修正し終わって,さっきメールで送った。疲れた。

英語が堪能な後輩にチェックというか,英語の授業をしてもらったりして。超勉強になった。時制の一致がややこしかったが,なんとか理解できた。Introductionでは,過去の事実を述べる場合は過去形,理論や知見について述べる場合は現在形。理論や知見は過去においても現在においても変わらないからだ。じゃあ,「誰それさんがこう言った that 理論」の場合はどうすれば良いのかと。誰それさんが言ったってのは過去の事実だから過去形で良いけど,that節では理論について書いてあるから,さっきの原則で言うと現在形になる。でも文法的におかしいから過去形になる?てか,そうした。正直ワカランワ。

あと,AmericanとU.S.とthe United Statesの使い分け。motherやstudentはU.S,でOK。でもPsychologyとかCultureはAmerican?んで名詞にする場合はthe United States?ホントにそうなの?全然ワカランワ。

「故に」「従って」といった接続詞を使いたがる俺。英語でもそれを使いたがるが,文頭にThereforeやHenceを使うのは避けるべき事らしい。んで,思い切って外してみても何ら違和感なし。日本語にとっちゃあ,「故に」「従って」系の接続詞はとっても大事なものだし,よく使うけれども,英語書くときはなるべくそれを文頭にしないような書き方をせよ,とのこと。AlthoughとかHoweverも同様。ついつい「~な一方で」と言われちゃう方の文章にこいつらを付けてしまうがちな俺。結果こいつらが文頭に来まくる。思い切って「一方で,~」の方にくっつけてみても全然読める。ワカランカッタワ。

セミコロンの使い方とか,今更だけど冠詞の使い方とか,制限用法・非制限用法のAPAスタイルな使い方とか、ホントに色々勉強になった。APAマニュアルの文法のとこ最高。めっちゃ勉強になる。

そして原稿完成後,コメントに対するレスを書く。すげー時間かかった。「はじめての心理学英語論文」がむちゃくちゃ役にたった。しかし疲れた。


そんなことを書いていたら,窓口の編集委員から「out of office autoreply」が届いた。ちょwwww居ねーのかよwwww締め切りなんだから居ろよwwwww

日心臨とインターネット友達

日心臨。意外にもポスターが盛況だった。普段の研究にはガチムチの研究者しか来ないけど,今回は内容がポップだったためか,修論生(女性)が次々やってくるの巻。モテる研究テーマってあるんですね。しかし,大変申し訳ないのだけど,あんまり刺激的な質疑はなく,どちらかというと「教えるだけ」って感じだったので,責任在席時間を過ごして即撤収する。ポスターは割と説明しやすい出来になっていたのだけれど,某先輩より「あれはひどい」と言われ,ん~と唸る。

その後は「インターネット友達」と長話。面白おかしい話から真剣な話まで,ベラベラとお話しする。やっぱ面白い人ってのは居るもんだなと思う。

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日心臨のポスター

今年の日心で発表しようとして,申し込み締め切り11:00をなぜか16:00と勘違いしていたせいで発表できなかった研究を日心臨で発表することにした。気が付けば,もうすぐそこに迫っているではないか。しかし。

しかし!

しかしぃぃ!!

全くもってやる気にならん。作る気にならん。懇切丁寧に教えて差し上げる気が全く湧いてこない!!サブもサブ,サブ過ぎるテーマだからだろうか。それともあの学会のポスターセッションを舐めきっているからだろうか。多分両方だ。

それよりも論文原稿が急ぎだし,翻訳作業なんてのもあったりするので,プライオリティは今日に至っても限りなく低いまま。どうしよっかな。思い切ってバックレるか?いやそれはまずかろう。こないだとはちょっと違うテーマなのだから,それはそれとしてやっといた方が,今後のためになりそうな気がする!だけかもしれんけど・・・。


どうせなら事例出したい。出したい事例があるのだ。キーワードは治療関係,内在化,認知行動療法。これはまたその内にでも。


WS関連で,こちらにも嬉しい出会い?邂逅?あり。ワクテカ?うん。ワクテカ。

Different names for the same thing




一つの現象について,我々は無限に名前を用意することができる。故に,それを異なる名前で呼ぶ者同士であっても,我々の対話の可能性は,その「一つの現象」そのものが担保してくれる。それは,暗闇を1人で歩かざるを得ない我々にとっての,大いなる救いだ。


Different names for the same thing.


しかし,我々は無為に様々な名前を生み出してきたのではなく,それぞれがそれぞれに,已むに已まれずそれを生み出してきたのだ。即ち,思いがあり,夢があり,理由があり,根拠があり,必然性があり,目的があり,実益があり,主張があるが故に,我々は我々自身を分かつ事を求め,様々な名前を生み出してきたのだ。それが,対立を生み,無関心を生み,葛藤を生むということを覚悟の上で,我々は我々を分かつことを選択し,その報酬として,対話の可能性を手にしたのだ。


もし仮に,それが我々の手に無かったとしたら。もし仮に,「一つの現象」の下に全てが一つだったとしたら,我々は世界に関する唯一絶対の知を得る代わりに,「多層的な知」という無限の可能性には気付きもしなかっただろう。もし我々が,大いなる絶対知を手に入れたとしても,世界はそれを取るに足らないものとして,世界そのものが包含する多層性を満々と湛え,ただそこにあるだけだったろう。


もし仮に,我々が「一つの現象」の下に一つだったとしたら,そこには既に対話の必然性が存在しない故,我々は一つになる代わりに,対話し,葛藤し,時に手を取り合うべき他者を失っていただろう。そこに葛藤する熱情はなく,愛し合う喜びもない。我々が,我々自身の言葉によって,我々自身を定義し,我々自身を主張し,我々自身を他者に理解せしめんとする事など,全く不要だったのだ。



しかし,我々の手には確かにそれがある。故に,「一つの現象」の元に,全てを一つにしてしまうことなど,できない。全てを一つにしてしまう代わりに,それを無に帰することなど,できようはずがないのだ。

私には私の思いがあり,夢があり,理由があり,根拠があり,必然性があり,目的があり,実益があり,主張がある。あなたにはあなたの思いがあり,夢があり,理由があり,根拠があり,必然性があり,目的があり,実益があり,主張がある。それ故,自ずから私とあなたは対話し,対立し,葛藤し,無視し合う。

そんな我々にとって,互いに手を取り合うという選択をする事に,アプリオリな必然性など微塵もない。我々は我々の言葉で世界を名付け,それぞれがそれぞれの道を行く事をこそ,至上の行動原則とするべきだ。それこそが,この世界がただ満々と湛える多層性を,我々の網膜に到達せしめるものなのだから。



私とあなたが手を取り合えるとしたら,私がそれを持っていて,あなたもそれを持っているからだ。私とあなたが手を取り合うからといって,私はそれを捨てないし,あなたもそれを捨てることはない。私とあなたが手を取り合ったとしても,私とあなたが「一つの現象」の下に一つになることはない。それでも尚,私があなたの「名前」を知ることで,あなたが私の「名前」を知ることで,それぞれの暗夜行路に光が差すのだとしたら,それはもう,「望外の幸せにございます」。



Different names for the same thing.

我々は当事者として,メタメタしい傍観者とは無関係に,それを声高く叫ぶのだ。

ついでにS.W.I.

もはや死語かもしれないSWI。即ち,サーチワードいじり(いびり)。


テクスチャー 触感


いやもうね,メール下さいよ。マジで。あからさまにロークオリティな我がデビュー作で良ければ,PDFでお送りしますさかいに。そして,どんな事に興味をお持ちなのか,是非教えていただきたい。触覚関連の検索語でいらっしゃる方も多いようだし,実際論文として出版されている以上に,日本でもここら辺に興味をお持ちの方が多いのかもしれません。

で,こんなんどうすか?

毛002フワッフワ。
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