面白いだけで研究するのってどうなの?

「自分が面白いってだけで研究するってのはねぇ(プ」

全く賛成できないこのお言葉。それが臨床心理学研究だろうとなんだろうと,自分が面白いだけの研究,大いに結構じゃないか。自己満,これ大いに結構だと思う。社会に出した際に生まれうる価値について思慮を巡らす事は,確かにとっても必要だし,その面白みを届けるための言葉を持っている事も,この上無く重要な事ではあるけれど。そして,使いようによっては,研究者を育てる良い問いかけにも成りうるのだろうけど。

とは言え,研究は生き物だと思うんだ。今日の考察と明日の考察は,違ってたって良い。荒波にもまれて,夕凪にたゆたえて,育てていけるものだと思うんだ。だけど,面白みと共に誕生しなかったのならば,それを育てる事を放棄してしまっても無理はないと思うんだ。だから,面白いってだけでも,それ意外他に何も持っていなくても,自分が面白いと感じているということ自体,とても尊いと思うんだ。あなたが面白いと思ってやったことを,私にも教えてくれ。それ以外に,聞きたい事なんて,無いんだ。

だから,私は拒絶する。この冷笑を。

育ちゆく若者を,鼻で笑って良い気になる,その傲慢を。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。