マニュアルより工夫だし,道徳より損得だろjk

色んな療法がパッケージ化されて,色んなマニュアルが出版されて,色んなツールが開発されて,油断するとそれらが勝手に治してくれそうな気がしてくる…けれども,やっぱり勝手には治してくれない。

が,パッケージやマニュアルやツールは必要だ。役に立つ。何をするにも,型を知ることは絶対的に必要だし,役に立つ。しかし,それだけはまったく十分でない。何に十分でないかと言うと,実践において実益を得るに十分でない。「マニュアル通りにやりました」でも「マニュアル通りの結果は得られませんでした」。それはアホのする事だ。

モデルは簡潔だが,人間は複雑だ。マニュアルは静的だが,治療過程は動的だ。簡潔で静的な視点から,複雑で動的なものを見る際に,失われる情報量の多さを知るべきだ。観るべきものは模型か,それとも人間か。絶対的に後者だ,と思う。決して道徳的な観点からではなくて,単にその方が役に立つからだ。できることなら,道徳よりも,損得で動きたいものだ。「共感的理解」も「無条件の肯定的関心」も「自己一致」も,道徳の世界のお話にしちゃいけない。それをするのに得が無いのなら,そうする必要なんてどこにもない。臨床家が真剣に道徳を語り始めたら,もうダメだと思う。んでも,そこに得があるのなら,道徳すらツールになりうるだろうけど。

Read more...

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。