またロテさんとこのエントリ ~心労なんて~

最近,どうもイライラしています。困ったもんだ。

そんななか,大学で最悪なストレスイベントに遭遇。

正直,もううんざり。その一言に尽きますな。




さて,そんな事は置いておいて,今日はまたもやロテさんのところに関連したエントリを書きます。

詳細は以下をどうぞ。

●投影法にはこだわりたいと思っていますが「同じ穴の狢」呼ばわりはいかがなものかと>donさん
まぁ詳しい事も,発言のバックグラウンドも分かりませんので,あまり調子込んだことは言えませんし,失礼に当たるかとも思いますが。とりあえず,これは一般論として読んでいただければ幸いです。


まぁ,投影法の妥当性っていうトピックに関しては,一晩でも二晩でも飲み明かしたいほどに,言いたいことは沢山あるので,今日はとりあえず少しだけ言わせてください。



「ある投影法Aに妥当性・信頼性がない」



という主張・命題。これはよく目にします。
ロテさんが仰るとおり,それが科学的な検証の末,真であるとされるならば,それを使用し続けることは「科学的な態度」ではないですね。まぁ,悪魔の証明の匂いがプンスカしますけど。


しかしね,そのような情報を見聞して,そのまま又聞き情報として信じるという態度。それもまた「科学的な態度」ではありません。断じて。科学がどうかと言う以前に,論理として非常に弱い。



ある主張・命題を引用する際,それが真であるのか偽であるのか吟味しようとする事なく,とりあえずなんとなく信じておく。

それは,とりあえずなんとなく投影法の信頼性・妥当性を信じているという態度と,何も変わらない。


なにかを批判的に吟味せず信じているという点においては,両者は同じ穴の狢でしょうね。

僕に言わせりゃ,どっちも外野です。

まぁ,信じて使ってる側の方が質が悪い。実際に害悪をまき散らしていう可能性があるわけだから。



ちなみに,当然ながらこの文章に出てくる「投影法」というタームは,他のどのようなタームにでも互換可能です。投影法だからどうこうってんじゃない。至極一般的な事です。「CBT」だってそう。なんだってそう。要するに,ここで問われるのは個々人の科学的態度ですね。



吟味することで,その方法・概念・理論etc…の利点欠点限界等々がようやく見えてくる。その事によって,全ての方法・概念・理論etc…は健全に運用される可能性が出てくる。そういうもんでしょうねぇ。


そして,その吟味の末,論理的に取捨選択されると。吟味の基準,要するに,どこに論理の正当性を求めるかは色々。エビデンスの水準表かもしれないし,そうじゃないかもしれないし。



まぁ今日はこんくらいの尻切れトンボで。おやすみなさい。

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