日心臨で自分の立ち位置を知り反権威を叫ぶ

日心臨いってきました。行ったもののほとんど参加はしていませんがね。糞しょうもないタスクに追われ,参加するどころではなかったのであります。

そんな中で,この本を安く入手できたのは良かった。

パーソナリティ障害の診断と治療
ナンシー マックウィリアムズ Nancy McWilliams 成田 善弘
4422113305


で,唯一自分から望んで参加したのが自主シンポ。

「心理アセスメント再考 ~心理検査は本当に有用か~」

ってやつ。今日はこの話。

中身は色々あったのですが,話題提供者の主な結論は,

「心理検査が有用かどうかは使う人次第」

って感じでした。つまり,有用に使える人は使えるし,有用に使えないのであれば,それは使う人の問題であるって感じ。

話題提供者並びに指定討論者からは,刺身包丁のアナロジーが語られました。曰く,刺身包丁が殺人事件の凶器に使われたからといって,刺身包丁自体の有用性が損なわれ,市場から消えるということは起こらない,と。


これっては正しい。もう何も付け加えることもないほどに正しい。さすがに真っ当なことをおっしゃる。まぁ,そもそもこの世の中に,使うもの次第でない道具なんて見あたらないんだけどね。

全ての道具は使うもの次第でその有用性が異なる。マジンガーZも鉄人28号も,そんなテーマで描かれていた。道具ってのはそもそもそういうものだ。何も心理検査に限ったことではない。MSの性能差だって,そのまま戦力差とはならないのだから。


しかし使う人次第ってのが真理だとはいえ,道具そのものに優劣が存在するのもまた事実だ。下手な鍛冶屋が作ったボロッボロの刺身包丁は,上手な名工が作ったピッカピカな刺身包丁よりも,切れ味が悪いかもしれない。まぁ,料理の名人ならどちらもうまく使いこなすかもしれないね。

それでも,片やスパスパ切れるもの,片や技術がないと切れないもの。道具としての有用性は,どちらがより高いのだろうか。目的による?イエス。その通りだな。切れ味の悪い包丁で技術を磨きたい人にとっては(そんな人が居るかは知らんが),そりゃあボロボロ包丁の方が有用かもしれない。何らかの目的を果たす上で,どの程度役に立つかってのも,その道具が有用かってことの1つの目安になるでしょう。


じゃあ心理検査は?


話題提供者の幾人かは,使用する目的を呈示して,その目的において有用であるか否か,個人的見解を表明しておられた。ここには全力で同意。



・・・なんだけど,


心理検査が有用かどうかは,使うやつ次第だぜ


っていう物言いには,何かがちょっと足りない気がする。

だいたい,心理検査に対して懐疑的な目を向ける方々は,その物言いに納得するだろうか。日本の心理屋は民間の保険会社を納得させる必要はないけれど,外に居る人に説明して,納得してもらうってことは,必要ないのだろうか。

誰からもその有用性が信用されなくなって,誰からも検査のオーダーが来なくなっても,まだ「いや~,検査が有用に使われてないのは,最近の心理屋がふがいないだけですよ」なんてことを言い続けるのでしょうか。

その時,そういう物言いをする方々は,何を見せることで,心理検査の有用性を他者に示すおつもりなのか。ご自身の日々の臨床を見せることで,如何に役立っているかを示すとか,そういうおつもりなのだろうか。「ほら,私はこのように有用に使っている。だから使う者次第で心理検査は有用ですよ」と。じゃあ他の心理屋は?「有用」に使えてる人はどれくらい居るの?仮にその心理検査を世界で一人だけが有用に使えているのであれば,それはもうその検査どうのこうのじゃない。あなたが有能なだけではありませんか。


そもそもの話,かのワイナーもアレについてはずっと前から言っている。ロールシャッハ法は適切に用いられれば役に立つツールだと。だから,うまく使えない奴にはDeath Penaltyを,と。結局論敵はそれでは納得しなかった。もちろん,相手に納得する気があったかどうかははなはだ疑問ではあるなのだけれど,それが分かっているのなら,ただただそう言ってても仕方がないじゃないか。


僕がこの物言いに,正しさと共に憤りを感じるのは,そこに権威的な雰囲気を感じるからだ。


「うまく使えない?そりゃおまえさんの使い方が悪いのさ。精進なさい」


そう。それは正しい。正しいんだ。

だけど,みんながみんな,あなたのその物言いに説得されるいわれはない。ならばその有用性を,立場を超えて万人に共有可能な形で示してくださいよって,そういう意見が出てきても,それは決しておかしな言いがかりだとは思えない。

少なくとも僕は,権威によって説得されるのでなく,何らかの証拠によって説得されることを選びたい。だから自分自身も,権威でなく証拠によって人に示したい。



例えば,話題提供者のお一人が挙げた医療経済学的視点。

曰く,心理検査(特に知能検査について話しておられた)は,かかる時間や手間に比べて,保険点数が低い。つまり,心理検査は金にならないから,医療経済学的には使う価値が薄い。そういう話をされていた。

これも1つの証拠だと思います。病院は儲からないとどうにもならんし,不採算部門ってことで切られたら心理屋はもうどうしようもない。それが現実だってことは重々分かってる。だからこれからする話がきれい事だってこともよく分かってるつもりだ。


医療経済学を本当に深く学んだわけではないのだけれど,この視点は「心理検査の有用性を示す」って点で有用なものなんじゃないかと考えてます。

上記の話は,病院の経営や心理士の収入のような,実施する側の金銭的な要因をアウトカムにした議論です。それは現実だから,絶対に必要だと思います。ただ,きれい事を許してもらえるのならば,検査を受ける側の要因をアウトカムにできないだろうかと思うのです。

例えば医療費。

メジャーを入れるかどうか迷うケースについて,(例えば)ロールシャッハ法のオーダーがでることがあります。その結果を1つの情報にして上で主治医が判断するとします。結果,無駄にメジャーを盛られなくて済んだ人とか,端からマイナーでなくメジャーを盛られる人ってのもでてくるかもしれません。

もしロールシャッハ法が有用な情報を提供したのであれば,効かない投薬が減らせているのかもしれません。するとそれは,そのまま薬にかかった金銭的負担に反映されるかもしれません。少し視点を変えると,強すぎる薬を盛られて出てきた副作用による苦痛とか,入院・通院した日数とか,そんなものもアウトカムにできるかもしれない。

心理検査が有用に使われているかどうかを考える上で,医療経済学的視点はきっと味方です。もちろん,「心理検査が有用だぜ!」っていう意見の味方ではなくて,有用かどうかを吟味する試みの味方。それでもコンフリクト・オブ・インタレストの問題から自由になることは難しいかもしれないけれど,それを1つの方法として用いることはできるんじゃないかと思うのです。

また,心理検査のおかげで患者の医療費が減ったことは,病院の経営的には入ってくるお金が減るってことにもなるかもしれないから,仮にそういうデータが存在したとしても,それが心理屋に有利に働くかは分からない。


これが実現可能なものがどうか,それは難しい問題です。だけども1つ言えるのは,心理屋はそれを示すための方法を既に手にしている,もしくはそれを利用することに開かれている,ということ。



僕は権威によって説得されたくない。

あなたの言うことはゴモットモだけれど,別にあなたの言うことをホイホイと信じる義理は僕にはない。何より,僕は権威によって去勢されたくない。


日心臨がどんな学会だったか,そんな話はしません。

僕は自分の立ち位置を認識したような気がする。

反権威。だけどギャーギャー叫くだけだと何も伝わらない。

だから丁寧に。懇切丁寧に,そして腰を低くして,反権威。


そんな感じでやっていきたいなぁと思いました。

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