学校臨床は面白いかもしれない

これまでずっと医療でやってたが,今年度からSCをやることになった。正直,全く分からん世界だったので,不安の方が大きかったのだが,何度か勤務してみて,学校臨床って面白いかもしれないと思うようになった。

医療とはやることが全く違うぞと,ワーカー的な動きが必要だぞと,その他諸々,様々なご意見を拝聴して,あぁそういうものかと納得していたが,正直なところ根本的にはさほど変わらんように思わなくもない。ってか,まだまだ分かってないだけなのかもしれんけど。

もちろん,細かいお仕事の1つ1つは違うし,必要とされる引き出しも随分違うけれど,結局見立てと手だてを大事にするというのは変わらんように思う。見立てや手だては,そもそも心理士なりClなりが置かれている状況と無関係に成立する物ではないし,学校という環境,SCという立場なんかを考慮に入れるのは当たり前だと思う。

医療にしたって,病院なりクリニックなり何なりはClの生活事象の一つなわけだし,Clが利用可能な資源の一つに過ぎない。結局は,それらを含めたClの生活全体を俯瞰する目が必要なのは当然だ。何をやれるかという点でも,特にサポーティヴセラピーの場合は,役立つことならなんでもやるようにしてる(っつっても,もちろん枠はある)。

結局は,SCを学校とか地域に存在する資源の一つに位置づけられるか,あるいは,どのように位置づけられるかが勝負なんだと思う。そして,基本はサポーティヴセラピー的な姿勢なんじゃあないかと思う。Clの過去と現在と未来を俯瞰し,Clが生きている環境を俯瞰し,自らが置かれている状況を俯瞰し,やれることならなんでもやる。別に何かしらをやるのはSCじゃなくでも良いのだし,SCであっても良いのだし,特定の誰かでなくても良いのかもしれないし。そして,誰を・何をClと捉えるかってのも考えどころだ。それは担任なのかもしれないし,生徒なのかもしれないし,保護者なのかもしれないし,学校その物なのかもしれないし,それを一つに絞ってしまうこともないように思うが,どうなんだろうか。なんというか非常に多層的というか,俯瞰的な考え方が役立ちそうだ。


ということで,まずは学校内にSCを位置づけんといかんと思い,最初の数回はそういう事に費やした。人見知りな俺様には非常にガッツのいる作業だったが,ともかく様々に動き回り,設備を整え,全教員と情報交換できる状態にはなった。生徒にもボチボチ顔を覚えられ,声をかけられるようになり,大阪弁ってのはこんなにも使えるツールだったのかと感動しているところだ。

この先どういう戦略でいくか色々考えながら,そして腕利きに色々聞きながら,内心フガフガ「学校臨床って面白いかもしれないぞ」と思うのだった。

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