Midwestさんへ ~このエントリテラナガスw~

下記のエントリで,Midwestさんからコメントをいただきました。

研究でコラボする事 ~興奮してしまいました~

長文コメントありがとうございます。コメント欄で返答しても良かったのですが,僕の記述も長くなりそうなので,思い切ってエントリにしました。突っ込み・ご批判等,なんでも歓迎いたします。

自分なりに十分配慮したつもりですが,このエントリの内容について倫理的な問題があると判断された方はご一報下さい。

さて,少し問題が整理できたので書きます。Midwestさんがロールシャッハ法についてどの程度の知識をお持ちかは,この際問いません。

Midwestさん
Decoさんはロールシャッハ法が「開発当初狙っていた目的としては」役立たない、という批判には納得されていると推測しているのですが,


開発当初の目的ってなんでしょうね。てかいつなんでしょう。今のロールシャッハ法が開発されたのって。ロールシャッハさんが完成させたわけでもないですしね。
まぁそれは良いとして,どのような批判を指しておられるのかが分からないので,それに対して自分が納得しているのかどうか判断できません。スイマセン。

ただ,少なくとも,「人格理解」という「本来の目的」においては役に立つと思ってますが。

これはロールシャッハ法に限った話ではないですが、ある目的を達成するためにある方法を開発し、それが役立たないとわかった場合、その方法をまた別の目的の達成のために積極的に「転用」しようとしなければならない理由とはいったい何でしょうか?

これは分かります。例えば知能検査を不安の検査に転用するくらいなら,普通に不安の検査しますよね。しかし,


転用しようとするからにはもちろん、新たな別の目的が設定されているでしょう。例えばDecoさんは『「全体的な人格理解という点で,これほど優れた査定器具は無い」と考えている』とおっしゃっています。(中略)しかし、その別の目的(Decoさんにとっては「全体的な人格理解」)を達成するためにベストな方法がその転用された方法であるということは、どれくらいあり得るでしょうか?


人格理解はロールシャッハ法の第一義的な目的です。人格検査ですからね。転用でもなんでもありませんし,僕が勝手に考えていることでもありません。

どうやらMidwestさんは,

1.Decoは,ロールシャッハ法が本来の目的において妥当でないと考えている。
2.Decoは,ロールシャッハ法の第2の目的として人格理解を挙げている。(つまりロールシャッハ法の本来の目的は人格理解ではない)

という前提をもってお話されているようですが,この前提は私たちの間でまだ共有されていませんし,私から見ればむしろ誤りです。ですので,この後に続く議論にはなんとも答えようがありません。
書かれている内容には激しく同意する点もあるんですが。

まぁ最も大きな前提の違いは,


現在の他のどの方法よりも優れた点が一点すら見られない方法

ってとこですかね。これはなかなか簡単に歩み寄れないところかもしれません。つか,その歩み寄りのためにも検討が必要ではないですか?

Decoさんは「ロールシャッハ法を妥当化するための知見」という言葉を使っておられます。この「妥当化」という表現からも、現在は妥当でないと見なされているもの(=ロールシャッハ法)を実は妥当なんだと主張したい、ということだと私は読みました。

根本的な問題として,そもそもどのような測定法であっても,妥当性の検討にゴールはありませんので,常にそれは検討され続けるべきです。ロールシャッハ法もその例に漏れません。
そしてその専門家がその妥当性を対外的にアピールしていくことは,至極当然のような気がしますが,いかがでしょうか。

さて,この引用箇所なんですが,読みようによってはその通り!と言えなくもありませんが,やはり少しニュアンスが違いますね。

ロールシャッハ法を妥当でないとみなしている研究者の主張を,僕は疑っています。しかし,初めからなんでもかんでも妥当だと考えているわけではありません。
要するに僕は,ロールシャッハ法のどこが駄目で,どこが妥当なのかを見極めて,それでどうしようも無く使えないっていう結論が導かれるのであれば,ロールシャッハ法の使用を辞めるのも吝かでない,という立場を取っています。
まぁ臨床的な志向性とアセスメントの関係についての議論はひとまず置いておくとして,僕は今のところ「ロールシャッハ法は使える」と判断していますけどね。

んで,その過程において,ロールシャッハ法の総合的な妥当性・有用性についての検討するための知見を提供したい,ということですね。できればプロパー以外にもアピールできるような知見を,です。とは言っても,自分が知りたいことを研究してるってのが本音なんですけどね。
わざわざ総合的な~と書いたのは,単一の解釈仮説の妥当性を支持したところで,ロールシャッハ法全体の妥当性を完全に支持することにはならないし,その逆もまたしかりだからです。要は検査の全体的なコスト・パフォーマンスの問題だと思います。


さて,ここからは戯れ言ですので,読み飛ばしていただいても構いません。
ロールシャッハ法は特定の人格理論をベースにして開発されたものではありません。ですので,ロールシャッハ法の解釈仮説ってのは,基本的に後付なんですよ。なんかの特性を測定するために,各種の指標がデザインされているわけではないのです。

操作的定義の話を前のエントリでも書きましたけど,ロールシャッハ法の反応って,ある一定の基準に従ってただ単に分類してあるだけなんですよ。アプリオリには解釈的な意味が定まってないんです。
だから,事例研究(あえて最初)とか,実証研究とか,理論的考察とかなんだかんだによって,後付的にその反応の意味が付与されているのですよ。つまりは,基準関連妥当性どまりなんです。それが良いのか悪いのかは分かりませんが。

まぁ,始めにハッキリとした枠組みが無かった分,このような妥当化の過程に特にゴールはありませんし,制限もありません。要するに,見立てに役立つような情報が得られるよう,ロールシャッハ法をさらに妥当化していけばOKなんじゃないかなと思います。コスト・パフォーマンスを高めるために,色んなとこに手を出してみるってのも,僕はありだと思いますよ。もちろん,それがなんか意味ある試みであれば,ですけどね。

ただ,僕は原理から解釈仮説を導くという試みに挑戦したいと思っています。で,それにはどういう意味があるんでしょうね>自分


要するに、「1つの方法のマニアになってどうする。お前がやりたいのは、方法はどうであれなんとかして目の前の人を助けることだろ」と(Decoさんに限らず)言いたい。

まぁ一応通り一遍な事を書いておきますと,なんとかするには方法を持っていなければなりません。方法の検討もせずに,ただなんとかしようとするなんてのは,専門性の放棄ですよね。そして,自分の得意な方法でなんでもかんでも済ませようとすることも,これまた愚の骨頂だと思います。

つか,これは研究の話ですか?臨床の話ですか?特定の方法について研究をしているものは,すべからくその方法の原理主義者である,という事でしょうか,と揚げ足を取ってみました(取れてないかもw)。ちなみにロールシャッハだけを研究テーマに挙げているわけではないです。一応。

ロールシャッハ法は力動的な見立てを重視する臨床家にとっては役に立つのではないかと思います。そしてその方法を妥当化しようとする研究は,本当に何の意義もありませんか?当然この問いには自戒を込めてます。


冗長かつ要領を得ないエントリになってしまいました;;;
もっと簡潔に書けるようにならないと駄目ですね。

Comment

丁寧にお答えいただきありがとうございます。
非常に長く込み入った内容になりますので、私のお返事はメールにてさせていだきます。
これを書き込んですぐに送りますが、届いていませんでしたらお知らせいただければ幸いです。
  • 2005/10/06 05:17
  • Midwest
  • URL
>>Midwestさん

メール確認しました。
ほんとご丁寧なメールありがとうございました。嬉しいです。

それでは本腰を入れてお返事いたしますので,もう少しお待ち下さいませ。
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