[連載] あすならないバンド道 #2 「ラブソングは盗作」

教室の大きな窓から差し込む光に照らされた凸はすごく綺麗で,私はそれに惹かれたんだと彼女は言った。彼女,山内美紀(仮名)は,大変明るく,誰からも好かれるような,カワイコちゃんだった。

まずもって,俺は山内さんの見た目が好きだった。しかし,当時の俺は女子に話しかけることすら出来ないほどのシャイボーイだった。それも滅多にないことではあったのだが,クラスの女子に話しかけられでもすると,顔面を真っ赤に染め,全身は鋼鉄のごとくこわばり,口からは「ガガガギギギ」と異音を発するといった誤作動を起こすほど,俺は極度の女子不安者だった。そして自意識過剰。当時の俺は,本気でこう思っていた。「この前髪が崩れたら,世界が終わってしまうのではないか」と。そんなやつが,好きな女の子に話しかけられるはずがない。当然,山内さんとは話したこともなかった。


ではなぜ,そんなカワイコちゃんと,中2のチンケなシャイボーイがお付き合いすることになったのか。…犬山だ。俺は犬山に「山内めっちゃかわいい…」とこぼした事があった。すると,なぜかモテていたチャラ男な犬山が,無神経にもそれを彼女に告げ口したのだった。俺はそれを聞いて動揺した。激しく動揺した。冷静に考えて,そんな好意など受け入れられるワケが無かったからだ。俺は犬山に詰め寄りたかったが,犬山はケンカが強いので,やめておいた。

押し出される形で俺は告白をした。きっと,最高にみっともない姿だったと思う。しかし,彼女はそれを受諾した。なぜだか分からず,聞いてみた。すると彼女は,冒頭のような理由を俺に話してくれたのだった。俺は犬山の無神経さに感謝し,お付き合いが始まるという現実に狂喜した。しかし同時に,「俺みたいな冴えないブサメンが,こんなカワイコちゃんに釣り合うはずがない…」とも思った。そんな自意識が,やがて俺を苛むようになったのだった。
実際,そんな声はいくらもこの耳に入ってきた。彼女はそのたび,憤慨してくれた。しかし俺は「わかってる。そのとおりだ。それ以上言わないでくれ」と,卑屈になる一方だった。ある日には,こんな事があった。俺と山内さんは,違う小学校の出身だった。俺の知らない小学校時代の山内さんもまた,モテモテだったのだろう。同学年の中でも,吉田栄作的存在だったバスケ部の瀬口君(仮名)が,こんなことを言ってきた。

「俺は小学校の頃からあいつが好きだった。だから告白させろ」

真剣な瀬口君の表情(彼はハンサムだ)。それを見た俺の心に,件の自意識がムクムクと膨らんでくる。あぁ…いっそそうしてくれ…,そう思わなかったと言えば嘘になる。山内さんとのデート前には,ドキドキしすぎて発熱するのが常だったし,帰ってきてからは自分の言動について後悔し,自己嫌悪に陥るのがルーチン化されていたくらい,彼女とのお付き合いは,俺の小さな小さなキャパシティを大きく超えた幸福だったのだ。いっそ楽にしてくれ…,そう思わなかったといえば,それは嘘だ。しかし,結局瀬口君は告白しなかった。いくら卑屈でも,俺にもプライドがあった。同時に,俺は自分を抑える術を未だ知らなかった。気付くと,俺は瀬口君のハンサムフェイスに,グーパンチを食らわせていたのだ。瀬口君とはその後一切,口をきかなかった。


そんな日常は,チンケな俺を悩ませた。どうすれば,俺は彼女に似合いの男になれるのか。俺は考えた。その末に,俺にはギターしかない。そう思い至った。彼女は,差し込む光に照らされた俺を綺麗だと言った。彼女に綺麗な自分を見せるには,光を浴び続けるしかない。そう思った。ギターと光…。どう関係する?再び俺は考えた。その末に,スポットライトか!と思い至った。我ながらよく出来た話で,これを思いついたときには,もう黙っていることが出来ず,すぐ犬山に話した。すると犬山は持ち前のデリカシーの無さを発揮し,すぐに山内さんにそれを告げ口した。

「凸君!ギターやってるって,知らなかった!弾いて見せて!」。俺にはその展開が読めていた。想定の範囲内だ。しかし,俺には自信が無かった。だから,「今,君のための曲を作ってる。出来たら弾いて聞かせるよ」とだけ言った。その場をしのぎ,俺は安堵した。しかし無邪気な山内さんは,「出来た?出来た?」と,会うたび俺に尋ねた。「曲は出来たんだけどねぇ,やっぱ詞は難しいんだよネ。あと,サビのコードを少し迷っててサ」と,したり顔で誤魔化すのにも,限界があった。ついに俺は,彼女に歌を披露する約束をしてしまったのだった。

当然,当時の俺に曲など作れなかった。そしてもちろん,胸がときめくような歌詞など書けるはずもなかった。無意味な支離滅裂文なら当時から書いていたが,主なテーマは劣等感や憎しみ,死や暗闇といった,あまりにもエモ過ぎるものばかりだった。こんなのは聴かせられない。確実にドン引きだ。どこの彼氏が,彼女に作った歌で「俺の住処は淀んだヘドロだ」「死ぬくらいなら生まれたくなかった」などと歌うだろうか。俺の脳みそは,ラブソングとはあまりにも縁遠かったのだ。

俺は困った。文字通り,頭を抱えた。その時,俺のミニコンポから,こんな歌が聴こえてきた。


あめがふっても かぜがふいても
ぼくはきみの そばにいたい
ヘンなヤツだけど ふくがボロだけど
たまにおちこむけど そばにいたい
そばにいたい そばにいたい
きみがいればいい いつもそばにいたい



ご存知の通り,Theピーズの「そばにいたい」という曲だ。…これしかない。そう思った。なんて素敵なラブソングだろう。卑屈なテイストも俺にピッタリだ。それでいて率直。ストレート。これしかない。俺は必死で耳コピした。ハルの作ったコードワークはさすがに複雑だったが,必死の俺を諦めさせるには不十分だった。俺はこの曲を一週間かけてマスターした。

紫にグラデーションのかかったダサいFERNANDESのギターを抱え,俺はこの歌を彼女に送った。自作のラブソングとして,大声で歌った。だけど,どこか後ろめたくて,彼女の目は見られなかった。見られなかったが,それでも俺はやけくそで歌った。確かに俺のラブソングは盗作だったし,俺はそのことを彼女に隠していた。それでも,本当に彼女のことが好きだったし,本当にこの歌のような心境でもあったから,俺は出しうる限りの大声で歌った。彼女は笑顔に涙を浮かべ,一言「ありがとう」と言った。スポットライトなど当たっていなかったけれど,俺は確かに,どこかから光がさしているのを感じていた。良かった。これで良かった。その場をしのげた安堵感と,良い所を見せられた喜びは,あの後ろめたさをどこかに追いやった。俺は,「いい曲だろ。すげぇ頑張って作ったんだヨ」と,したり顔で彼女の目を見ていた。


やがて俺は彼女に夢を語るようになった。「俺,高校でたらイギリスに行くよ。イギリスに行って,ギターの修行して,プロになるよ。だから,付いてきて欲しい」そんな夢を,遠くを眺めながら,熱っぽく話した。当時はUKロックにハマっていたので,イギリスと言った。深い意味は無い。本気で行く気もなかった。ただ,格好つけたかっただけだ。あの日,盗作したラブソングを聴いた彼女の顔がもう一度見たくて,俺は嘘をつき続けた。その度彼女は,「頑張れ!応援してるよ!」と言って笑ってくれた。



その後,3年ほど付き合って,俺はフラれた。



ふられてから思い出したことがある。まだ付き合い始めた頃,俺は彼女に一本のカセットテープをプレゼントした。三日三晩選びに選んだ,当時における完璧な俺Bestだ。彼女はそれを毎日聴いていると言っていた。そして,その中には「そばにいたい」が入っていた。

やけくそに彼氏が歌う,盗作のラブソングを聞いて,幸せそうに笑い,涙を浮かべた彼女は,俺が思っていたよりも,ずっと大きな人物だったのだ。俺はそのことに気付き,彼女に一言,ありがとうと言いたくなった。今度は,「俺の住処は淀んだヘドロだ」「死ぬくらいなら生まれたくなかった」と,本当の歌を歌えるような気がした。きっとあの時の彼女は,それを聴いても,同じように笑ってくれただろうと思った。

そう思いながら俺は,日のさす窓もない暗い部屋で一人,そばにいたい,きみがいればいい,いつもそばにいたい,そんな歌を口ずさんだ。

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