[連載] あすならないバンド道 #4 「プラグド・エレキギター」

俺をバンドに誘ったクラスメイトの中尾(仮名)は,野球部丸出しの丸坊主野郎だった。T字カミソリで執拗に削ぎ落したガタガタな短髪頭の俺とは違って,中尾の丸坊主は定型的な五厘刈りだった。同時に奴は野球部的な定型的チャラさを身に纏っていた。女子と仲良く話せるというだけでなく,背負うリュックサックは茶色の迷彩柄であり,そのアメ村的オシャレさからも,前年度の嫌な記憶を思い出させるタイプの男子生徒だった。そのため,当初俺は中尾との接触に消極的だった。

中尾との接近に先立ち,俺は新しいクラスで渡部(仮名)という極めて冴えない男子生徒と仲良くなっていた。渡部がClash好きだと知った俺は,当時流行していたメロコアと呼ばれる速いパンク音楽のテープを彼に貸した。彼は特にスプロケを気に入った。ある日には,配られたプリントの裏に,知っている限りのパンクロックバンドの名前を書き,それを彼に見せて悦に浸ったりもした。そんなこんなを経て,俺と渡部は教室の隅っこ(本当に隅っこだった)でパンクロックの話をするようになった。

中尾はそれを見て,「あぁ,ダサい奴らがB'zの話でもしてるんだろうな」と思っていたらしい。これは自然なことだ。俺と渡部の極めて冴えない風貌からパンクロックなどというトガッた音楽が連想されるはずもない。俺と渡部の会話の半分は,AKIRAやめぞん一刻等のマンガ,ガキの使いやあらへんでのオープニング企画,スーパーファイヤープロレスリング,そして新日の大仁田騒動等についてのものであり,むしろ中尾とはそっちの話題でいつの間にか仲良くなっていた。

そのうちに俺と渡部と中尾は音楽の話もするようになったが,なんせ中尾はチャラい野球部野郎だ。当時のチャラめな男子高校生は,山嵐やSuck Downといったラップみたいな音楽(ミクスチャー等と呼ばれていた)を好む傾向にあったのだが,やはり中尾もその類だった。そのため,あまり中尾の音楽的趣味には同調できなかったが,そこは野球部,タフガイである。当時流行していたニューヨーク・ハードコアを聴かせたところ,そのラップっぽさとタフガイ性が気に入ったらしく,ようやく中尾とも音楽的に共有できるところが見つかったのだった。

そして何かのはずみで俺がギターをやると知った中尾は,自分のやっていたコピーバンドに誘ってくれたのだ。一度で良いからバンドというものをやってみたかった俺は,彼のバンド「OHHA」に参加することを決めた。ちなみにOHHAとは,大阪・東淀川・ハードコア・アソシエーションの略だった。オッハと発音するのが正しい。アソシエーションとはまた大きく出たな。中尾よ。

その日のうちに,俺は中尾からコピーする曲を知らされた。ガーリックボーイズの「あんた飛ばしすぎ」「兄貴ご立腹」「泣き虫デスマッチ」,FUNSIDEの「set time」「step out」「back for more」,ハイスタの「close to me」,ブラフマンの「roots of tree」「answer for...」といった今思えば微笑ましいラインナップだったと記憶している。それにしても我ながら凄まじい記憶力だ。それほど,はじめてのバンドというのは特別だったのだろう。とにかく俺は,その日の部活を架空の足首痛で休み,急いで自宅に帰って耳コピを始めた。

少しずつ耳コピが出来た頃,中尾からバンド練習の日取りを知らされた。聞くところによると,スタジオという施設があって,そこでなら大きな音を出してバンドの練習をしても良いのだという。バンド道の真夜中を彷徨っていた俺は,そんなことも知らずに5年間一人でペンペンなアンプラグド・エレキギターを弾いていたのだ。俺は新しい経験に胸を踊らせ,西日がかすかに差し込む自室で,一人アンプラグドなエレキギターを弾きまくった!しかしback for moreのギターソロは難しくて結局コピーできなかった!

練習当日,俺ははじめて他のバンドメンバーと出会った。ドラムは中尾の幼なじみで,大人しくてとてもイイ奴だった。しかし,あとの二人は中尾が単なる部活少年に思えるほどのチャラさを誇っており,野球帽みたいなオシャレ帽子を斜めに被るくらいは朝飯前といった様子だった。俺はそこでまず萎縮した。元来の人見知りに加えて,俺はとにかくチャライ奴が苦手だった。彼らと話していると服装から髪型から顔面まで自分のあらゆる側面を嘲笑されているように感じた。そう感じるくらいには,過剰な自意識を持て余していたのだ。俺は細い目を泳がせながら,「下らねぇ奴らだな」「俺はこいつらとは違うわ」という念仏を唱えてなんとか自分を保った。

「じゃあやるかー」という中尾の発言が合図になり,各々が機材のセッティングを始めた。俺はなんせ初めてだ。これまでに一度もエレキギターをアンプに繋いだことがない。従って,つなぎ方も分からないし,そもそもエレキギターとアンプを繋ぐ線を持っていなかった。背中に汗をびっしょりかきながら,俺は「あちゃー,コード忘れてきたわー」と言った。するとギター担当の斜め野球帽野郎が「シールド?だめじゃん。貸すけど」と一本の線を貸してくれた。シールド=盾。そういう世界に生きてきた俺は戸惑ったが,なけなしの機転を利かせ,「シールドシールドwシールド借りるわ-w助かったわーwシールドw」と知ったかぶった。

エレキギターの穴にシールドを挿す。シールドのもう片方をアンプに挿すはずだ。しかしアンプにはいくつも穴があいている。しかし俺は英語が得意だ。inputに挿せば良いに決まってる。それはすぐに理解できた!しかし,inputっぽい穴がいくつかある。HighだのLowだの書かれたツマミもその横にある。電源はどこだ?POWERと書いてある。これだな。それにしても結局このシールドはアンプのどの穴に挿せば良いんだろう。全く分からない。音量はこのツマミだな。しかしGAINって何だ。もう駄目だ。さっぱり何が何だか分からない。もうイヤだ。帰りたい。なんでみんなアンプなんか使うんだ。電気の力なんて借りやがって。何がエレキギターだ。そんなもん邪道だろ。音楽ってそんなもんじゃなくないか?もっと原始的でシンプルなもののはずじゃないか。何が電気だ。何がシールドだ。ふざけんな。こんなもんはただの線だろうが。贔屓目に見てもコードだろ。なぁにが「だめじゃん」だ。ふざけやがって。クソ野郎が。俺の超絶ギターで一泡吹かせてやるから待っとけコラ。野球帽は真っ直ぐ被るもんだろが。斜めに被る意味ってなんだよ笑わせやがって――


「大丈夫?」

ベースの黒縁伊達メガネ野郎が俺に言い放った。

俺はアンプを前にして,とにかく上に書いたような事を全速力で考えていた。それも,さも自然な準備をしているかのように見せるため,チューニングをしている振りや,ツマミを意味なく回すなどしながら考えていた。したがって,俺は黒縁伊達メガネ野郎の一言に心臓が飛び出しかねないほどドキリとした。

「ん?ななな,なにが?」

そう答えると,黒縁伊達メガネ野郎は黙って近づいてきて,アンプの使い方を教えてくれた。黒縁メガネ野郎は,「このアンプって自分じゃなかなか持てないから,初めて見ると使い方分からないよねー」と優しく笑った。俺は真顔だったが,俺の膝は笑っていた(その後の付き合いで分かることだが,黒縁伊達メガネ野郎はすごくいい奴なのだ)。黒縁伊達メガネ君の助けを得て,俺はようやくギターをアンプに繋ぐことができた。とりあえずツマミは全部真ん中だ。普通が一番無難だろ,そういう発想からだった。


そして俺はギターを弾いた。ジャラーン。

俺が想像したガーっとした格好いい音ではなかった。それでも広川(仮名)から買った赤いストラトキャスターは,この日ようやくアンプにプラグインされた。ペンペンのアンプラグドなエレキギターと違って,アンプにつないだ自分のギターはとても下手くそに聞こえた。そして実際,下手だった。俺が苦労してもコピーできなかったback for moreのギターソロを,忌々しい斜め野球帽野郎がいとも簡単に弾いたのだ。俺は心底叩きのめされた。加えて,人と演奏を合わせることも全く出来ず,どうしようもないほどの下手くそぶりを晒してしまったのだった。中尾は音楽の事が分からないので何も言わなかったが,他の3人は俺に冷たい視線を投げかけていた,ような気がした。

練習後,「凸くんってゲームとかすげーしてそうだよねー」という斜め野球帽野郎の言葉に嘲笑のニュアンスを感じ取り,とっさに「そんなことないけどねー」と大嘘をかますなど,とにかくこの日は何もかもがチグハグだった。俺はこの日に期待していた。夜明けが来ると期待していた。そして実際,夜は明けた。陽の光は,容赦なく俺の有様を照らしてみせた。これまでは暗闇に隠れて見えなかった有様を,ハッキリと暴いてみせたのだ。



俺にはアンプが必要だ。アンプを使って練習しよう。音の作り方も勉強しよう。エフェクターとやらも買いに行こう。当然シールドも買わないといけない。次回の練習は2週間後だ。もうこんな思いはしたくない。とにかくまずは,アンプを手に入れよう。しかし,絶望的に金が無い。あぁ,俺は犬山のように,したり顔でギターを弾きたかっただけなのに。結局俺は犬山のようにはなれないのだろうか。…ちょっと待て。犬山だ。そうだ。犬山がアンプを持っていた。既にあいつはギターを弾いていないはずだ。高校に進学してから全く会わなくなっていたとはいえ,俺は犬山と仲が良かった。同学年でも数少ない犬山をあだ名で呼べる人間だ。犬山にアンプをもらおう。犬山のアンプでギターを弾くなんて,なんだかとても素敵じゃないか。そのようにして,俺は犬山の幻想にすがりついた!

犬山の連絡先は知らない。しかしヤンキー的立ち位置を続行中だった犬山は,駅前のアルカディアというゲーセンにタムロしている事が多かった。俺はすぐにアルカディアに向かい,犬山を発見した。なお犬山は,17才にして既にヤンキーからチンピラへと出世していた。再会を喜びあった後,犬山の「車とバイクと女の嘘くさい自慢話」というハウンドドッグ的トークをひと通り聞き,俺は意を決して本題を切り出した。犬山はもはやアンプに何の未練も無いらしく,いいよ,と気のない返事をしただけだった。翌日俺は犬山宅までアンプを取りに行った。犬山は何の感慨もない様子で,俺にアンプを引き渡した。そして彼は,そんなことよりもさと,再び嘘くさい自慢話を始めるのだった。


そのときに,少しだけ山内さんの話を聞いた。俺には信じられないような話ばかりだった。時間は流れていく。本当に,片時も止まってはくれない。犬山はチンピラになり,山内さんには影が差した。そして俺は,取るに足らない下手くそでしかなかった。かくしてバンド道の夜は明けた。そして幻想は死にゆく。夢から醒めるように,とはよく言ったものだ。犬山と別れて帰宅した俺は,部屋のカーテンをあけ,広川から買った赤いストラトキャスターと犬山のアンプを繋ぎ,いつか山内さんのために歌った曲を弾こうとしたが,もうコード進行を忘れてしまっていた。仕方なく俺は,back for moreのギターソロを練習したのだった。

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