相互的なアレ

SCやってて,今更な実感。

生徒について,教員や保護者から色々教えてもらう。その際,こちらは気になることを更に質問するし,それを聞いて思ったことを伝える。するとあちらも質問してくれるし,思ったことを伝えてくれる。するとこちらも…,という繰り返し。

なんだか,お互いにコンサルテーションしているみたいだな,と思っていた。異なる専門性を持つ人同士が,ある程度共有された目標を見据えて,話をしあう。「コンサルするぞ!」と気張らなくとも,それだけで既に十二分にコンサルテーションになっている。しかもお互いにとって。

こっちは心理の専門家であって,本人の専門家は本人なんだという意識は普段からあるのだけど,なんだかそれとも近い話だなと思ったりして。


そんなことを思っていたら,「相互コンサルテーション」っていう言葉が,ちゃんとあるんですね。

その過程に,その巡り合わせに,意味を感じている

ここ2日ほど,久々な人々と時間を共にすることができた。

不思議なもので,その内には連絡したいなぁとか,その内には食事でも行きたいなぁとか,最近連絡こねえなぁと思っていた人々と,なんだか良く分からない巡り合わせで繋がる繋がる。なんとも良い時間を過ごすことができた。無理に連絡を取ろうとしなくても,いつしか勝手にそうなっていくのだなと思った。

今週末に他大との臨床合宿があって,そのカンファレンスにケースを提供することになった。当初学内ケースでと思っていたのだが,どうにもこうにも,クリニックでお会いしていたクライエントの事が頭から離れず,そっちを発表することにした。行動療法を通じた,面接過程。方法の力ももちろんあったように思うけれど,それ以上に治療関係がキーになっていたように思う,とても印象深いケースだ。資料作成に当たって,改めてこれまでの過程を見直してみると,なんだかしみじみしてしまう。で,その辺に居る院生達に,しみじみを伝えて歩いてしまう。


ところで,「認知行動療法(or something)に興味があります」なんて言葉を良く聞くのだけど,そういうもんでもないんじゃないか。結局の所,それは方法に過ぎないのだから。方法として,本当によくデザインされた方法だとは思うし,ケースによっては導入したり,それ関係の極秘業務もあったりするのだけど,やればやるほど,知れば知るほど,治療関係とか面接過程そのものこそが根本なんじゃあないかと強く思う。コラムなり曝露なり,なんでも良いんだけど,そこに意味が伴うか否かが,成否を分ける要因のような気もしたりする。そういう事に,最初に気付かせてくれたケース。


いつかどこかで発表したいと思っていたところに,自然と機会が得られたり。しかも自然と合宿後にそのケースのSVerと会うことになったり。これもまた不思議な巡り合わせだ。そういう何だか良く分からない流れに乗っかって,良い週末を過ごせたら良いなと思う。

神経科学+擬人化(美少女)の可能性

風邪が随分良くなってきた。

風邪なんてもんは,一日寝れば治るもんだと思っていた。そして実際,これまではそうだった。しかし今回は丸一週間かかって,ようやく病み上がり状態にこぎ着けたという具合。ん~,体力が落ちているのだろうか。キツイ風邪だったのだろうか。なにぶん久しぶりの風邪だったので,良く分からん。


風邪も復調したこの良き日に,神経心理の論文部にて,純粋失書のケースを報告した。この準備が非常に楽しく,国内の失書論文のアブストを手当たり次第読みまくってしまう。神がかったサイトも発見。

チクショウ…検査でお会いする前にこれを知っておれば…あぁ忌々しきこの勉強不足…と本当に思った。掘れば掘るほど分からなくなっていくような,素敵な世界じゃあありませんか。非常にマニアック。いま思えば行動観察も甘く,工夫も足りんかった。学会発表すれば,と有難いお言葉を頂くが,これはちょっとそういうレベルには達していないなぁと思う。しかし,認知的構えの転換がうまくいかない事が,この失書に影響を及ぼしているかもしれない,というような議論になったりして,それは大変面白かった。そういう論文はあるんかしら。

とはいえ,今後まだ同じような病態の方とお会いできるかは分からん。それくらいに,失書という症状の背景は様々有りすぎる。書字という行為が,いかに複雑なプロセスを経ているかを思い知る。細やかな観察と共に,概念が必要だ。それ無しには手も足も出ない。

なお,この本は本当に良い本だと思う。


426000493X神経文字学―読み書きの神経科学
岩田 誠 河村 満
医学書院 2007-10

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近い将来的には,やっぱりこっちの方向もやっていきたいと思う。紀要に認知実験論文載せて,今度は神経心理?ってかロールシャッハじゃねぇの?みたいな感じもするのだけれど,本人としては全部同じ事のつもりだったりして。


あと,神経心理のモデルはどういう形が分かりやすいかという話で,ある人は局在に対応させた図式化が良いと言い,ある人は機能だけを抜き出した図式が良いと言い,という情勢なのだそうだ。俺としては,やっぱり頭の中の小人さんモデルが一番分かりやすい。擬人化するとしたら,やっぱ美少女だろうか。前頭葉は社長さん,なんていう本があるが,前頭葉は学級委員長(メガネ娘)みたいな設定も楽しいような気がする。割とキャラ立ちしそうな部位もあるように思うが,どうだろうか。

新しいSPSSに新しい機能

学内で大盤振る舞いされているSPSS(PASW)のVer17.0をインスコした。

ようやくRをちょろちょろと使えるようになってきた今日この頃,ついに一般化線型モデルがフォローされているじゃありませんか。Rを使って真似事程度にやっていたレベルの分析であれば,これで十分に対応できそう。ちょっと前までは,なんとかSTATAを使えないかと色々考えたりもしたのだが,それももう必要なくなった。

ちなみに,勢い余って先日ついに購入したField先生の「Discovering Statistics Using SPSS」の3rd editionには,一般化線型モデルの大見出しが無い。小見出しもない。索引にも載ってない。しかしまぁ,この本は分かりやすいし面白い。どっかの面白心理学者が翻訳してくれないだろうか。ちなみに,改訂に当たって300ページも書き足したんだそうな。

1847879071Discovering Statistics Using SPSS
Andy Field
Sage Publications Ltd 2009-03

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円高だし,買い時でしょう。これは。

学校臨床は面白いかもしれない

これまでずっと医療でやってたが,今年度からSCをやることになった。正直,全く分からん世界だったので,不安の方が大きかったのだが,何度か勤務してみて,学校臨床って面白いかもしれないと思うようになった。

医療とはやることが全く違うぞと,ワーカー的な動きが必要だぞと,その他諸々,様々なご意見を拝聴して,あぁそういうものかと納得していたが,正直なところ根本的にはさほど変わらんように思わなくもない。ってか,まだまだ分かってないだけなのかもしれんけど。

もちろん,細かいお仕事の1つ1つは違うし,必要とされる引き出しも随分違うけれど,結局見立てと手だてを大事にするというのは変わらんように思う。見立てや手だては,そもそも心理士なりClなりが置かれている状況と無関係に成立する物ではないし,学校という環境,SCという立場なんかを考慮に入れるのは当たり前だと思う。

医療にしたって,病院なりクリニックなり何なりはClの生活事象の一つなわけだし,Clが利用可能な資源の一つに過ぎない。結局は,それらを含めたClの生活全体を俯瞰する目が必要なのは当然だ。何をやれるかという点でも,特にサポーティヴセラピーの場合は,役立つことならなんでもやるようにしてる(っつっても,もちろん枠はある)。

結局は,SCを学校とか地域に存在する資源の一つに位置づけられるか,あるいは,どのように位置づけられるかが勝負なんだと思う。そして,基本はサポーティヴセラピー的な姿勢なんじゃあないかと思う。Clの過去と現在と未来を俯瞰し,Clが生きている環境を俯瞰し,自らが置かれている状況を俯瞰し,やれることならなんでもやる。別に何かしらをやるのはSCじゃなくでも良いのだし,SCであっても良いのだし,特定の誰かでなくても良いのかもしれないし。そして,誰を・何をClと捉えるかってのも考えどころだ。それは担任なのかもしれないし,生徒なのかもしれないし,保護者なのかもしれないし,学校その物なのかもしれないし,それを一つに絞ってしまうこともないように思うが,どうなんだろうか。なんというか非常に多層的というか,俯瞰的な考え方が役立ちそうだ。


ということで,まずは学校内にSCを位置づけんといかんと思い,最初の数回はそういう事に費やした。人見知りな俺様には非常にガッツのいる作業だったが,ともかく様々に動き回り,設備を整え,全教員と情報交換できる状態にはなった。生徒にもボチボチ顔を覚えられ,声をかけられるようになり,大阪弁ってのはこんなにも使えるツールだったのかと感動しているところだ。

この先どういう戦略でいくか色々考えながら,そして腕利きに色々聞きながら,内心フガフガ「学校臨床って面白いかもしれないぞ」と思うのだった。

後輩に本を薦めた

外勤で行ってる単科精神科には,もう一人心理のスタッフが居て,しかもそれが同じ所属の院生なものだから,あれやこれやと相談もしやすくて,非常に働きやすい環境だった。

が,そのもう一人のスタッフが別の所に就職する事になったため,来年度からは別の後輩がそのポストを引き継ぐことになった。で,押しつけがましくも,本を薦めてみた。色々と分かってもらっていると,こっちも働きやすくなるからだ。
 

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視覚なの?触覚なの?何なの?おっぱいなの?

Vision and touch: Independent or integrated systems for the perception of texture?

質感,テクスチャ。普通は手で触れて分かる事のように思うけれど,日常生活において,そうした質感とかテクスチャを知覚する際,触覚だけって事はあんまりない。普通は,目でもそれを見ている事が多いでしょう。んで,見るだけで,だいたいどんな触感がするか,分かることもあるでしょう?

色んな研究が明らかにしてきたのは,視覚によっても質感やテクスチャの何かしらは分かるって事。Visual Texture Perceptionって事で,ボチボチ研究されてたりするんです。そういうのは。David Katzの言葉を借りると,記憶触ってことにもなる。

著者曰く,Katzの考えは半世紀以上も顧みられなかったそうだけど,現在の触覚研究に通ずるアイデアも満載で,触覚に興味がある人は完全に必読。信じられないことに,翻訳版は絶版のようだけど。

触覚の世界―実験現象学の地平


で,冒頭に挙げた論文は,その名の通り,テクスチャ知覚において視覚と触覚はお互いに独立したシステムなのか,それとも統合されたシステムなのかって辺りに関するレビュー。筆者らの結論としては,テクスチャ知覚において,それぞれのモダリティは独立ではあるが,相互補完的な形で働いている,というもの。論拠には脳みそ知見が多くて,1つ1つ調べるのにも一苦労だ。すぐにでも脳単を買うべきだと思った。

脳単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (脳・神経編))


質感の研究ってんだから,できればおっぱいとかおっぱいとかおっぱいとかで研究したいし,とは言えそれはちょっとアレだから,布とか岩とか鉄とか,そういう自然物に関する日常的なテクスチャ知覚について研究した方が,もちろんエコロジカルなんだけれども,それはそれで難しいのだ。なぜなら,自然物の刺激価っていうか,物理的特性っていうのは,こっちでコントロールするのが簡単ではないし,数値化するのも簡単ではない。つまり,扱いが難しい。実験でも使いにくい。だから,知見の蓄積がそんなになされてない。もちろん,自然物を用いた重要な研究はあるんだけどね。
 
個人的には,自然物に関するVisual Texture Perceptionが気になるが,

それについてはあんまりよく分かってねんだわ

というのがレビューによって導かれた結論のようだ。そうでっか。


新生児とか,月齢一ヶ月とか,ホントに赤ん坊も赤ん坊の頃から,視覚と触覚間の転移は認められるんだってのは,へー!と思った。すげーよ,赤ん坊。


気になる一文はイントロの後半にあった。曰く,

Emotional Touchは,今回のレビューの範囲外だ!

ほう…。emotional touchですか。これですね?

Discriminative touch and emotional touch.

ハハ。興味深い。つい勢いでアブストも読まずにPDF買っちまった。

こういう,引用文献を辿っていくのも楽しい,とても上質で面白いレビュー論文でした。ペロッと読んじまった。これから読むべき重要な論文もいくつか発見。

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視覚と触覚の繋がりに興味あんのか?

視覚と触覚は,なかなかに関連の深いモダリティーでして,その研究も色々と面白い。その昔,2ch心理板名無しさん時代に,「触覚のワーキングメモリを研究したい!」なんて色めき立っていた学部生の俺様は,何の因果か,未だに触覚に関わる研究をやっている。とはいえ,自分のはvisuo-tactileというより,visualだけど。

視覚と触覚の繋がりに関する研究に明るい方は,必ず読んだことがあるはずなのが,LedermanとKlatzkyのコンビ。重要論文を排出しまくる鬼lab。それがSusan Lederman率いるthe Touch Laboratory。気が向いて検索してみたら,HP発見。そして業績の多くをPDFで配布している事に気付く・・・!何という心意気。

PUBLICATIONS OF SUSAN J. LEDERMAN

じゃあ,ということで,KlatzkyのHPも調べる。見つかる。PDF配布もしている・・・!なんてこったいこの野郎。てめえらのJEP論文コピるのに,どれだけの小銭を費やしてきたと思っていやがる・・・!とはいえ,嬉しい発見。紛失していた論文もゲット。

ROBERTA L. KLATZKY - Selected Papers

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dichotomizeとGLMs,そして困る俺

量的データを平均や中央値で分割して,独立変数なり従属変数なりにする。英語で言うと,dichotomize。あんまり勧められない方法だそうで,なぜなら,そうした処理によって多くの情報量が失われてしまうからだという。

ANOVAなら,単純にANCOVAにすれば良いし,つか一般線形モデルでさくっといけるデータであれば,わざわざそんな事しまへんねん。こちとら,度数やら頻度やらが従属変数になるようなデータを扱ってまんねん。そういうデータ達は,正規分布なんてしない。ポワソン分布ならまだマシってところ。それを回帰モデルに乗せて分析するために,やっぱりこれが必要なんだ。Generalized Linear Models,すなわち,一般化線型モデル。

Rで操作だけはできるようになったが,イマイチやってる事がよう分からん。これはちょっと勉強した方が良いかもしれん。だいたい,βの扱いもよく分からんしな。擬似R二乗も出し方が合ってるのかも分からん。ということで,これで学習中。超ムズイ。

4320018672一般化線形モデル入門 原著第2版
田中 豊 森川 敏彦 山中 竹春
共立出版 2008-09-08

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へっ。表記法さえわかっちまえばこっちのもんよ!なめんなよ!俺様の1ビット脳を!ほんとに!なめんなよ!まじで!くそ!チクショウ!!


そんなところにこの論文。Journal of Personality Assessment紙。

The Analysis of Count Data: A Gentle Introduction to Poisson Regression and Its Alternatives

とはいえ,意外にもポワソン分布にはならない事が多いんだ。
ほんとに,扱いに困る。複雑すぎるぜ。データの世界ってのは。

面白いだけで研究するのってどうなの?

「自分が面白いってだけで研究するってのはねぇ(プ」

全く賛成できないこのお言葉。それが臨床心理学研究だろうとなんだろうと,自分が面白いだけの研究,大いに結構じゃないか。自己満,これ大いに結構だと思う。社会に出した際に生まれうる価値について思慮を巡らす事は,確かにとっても必要だし,その面白みを届けるための言葉を持っている事も,この上無く重要な事ではあるけれど。そして,使いようによっては,研究者を育てる良い問いかけにも成りうるのだろうけど。

とは言え,研究は生き物だと思うんだ。今日の考察と明日の考察は,違ってたって良い。荒波にもまれて,夕凪にたゆたえて,育てていけるものだと思うんだ。だけど,面白みと共に誕生しなかったのならば,それを育てる事を放棄してしまっても無理はないと思うんだ。だから,面白いってだけでも,それ意外他に何も持っていなくても,自分が面白いと感じているということ自体,とても尊いと思うんだ。あなたが面白いと思ってやったことを,私にも教えてくれ。それ以外に,聞きたい事なんて,無いんだ。

だから,私は拒絶する。この冷笑を。

育ちゆく若者を,鼻で笑って良い気になる,その傲慢を。
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